タコの滑り台事件控訴審判決 ~主要相違部分対比表~

タコの滑り台事件判決の「第3 当裁判所の判断」の部分について、東京地裁判決と知財高裁判決控訴審判決の主な相違部分を対比表の形でまとめました。
東京地裁判決 知財高裁判決
そして,実用に供され,あるいは産業上利用されることが予定されている美的創作物(いわゆる応用美術)が,著作権法2条1項1号の「美術」「の範囲に属するもの」として著作物性を有するかについては,同法上,「美術工芸品」が「美術の著作物」に含まれることは明らかであるものの(著作権法2条2項),それ以外の応用美術に関しては,明文の規定が存在しない。
この点については,応用美術と同様に実用に供されるという性質を有する印刷用書体に関し,それ自体が美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えることを要件の一つとして挙げた上で,同法2条1項1号の著作物に該当し得るとした最高裁判決(最高裁平成10年(受)第332号同12年9月7日第一小法廷判決・民集54巻7号2481頁)の判示に照らし,同条2項は,単なる例示規定と解すべきである。
さらに,上記の最高裁判決の判示に加え,同判決が,実用的機能の観点から見た美しさがあれば足りるとすると,文化の発展に寄与しようとする著作権法の目的に反することになる旨説示していることに照らせば,応用美術のうち,「美術工芸品」以外のものであっても,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものについては,「美術」「の範囲に属するもの」(同法2条1項1号)である「美術の著作物」(同法10条1項4号)として,保護され得ると解するのが相当である。
以上を前提に,本件原告滑り台が「美術の著作物」として保護される応用美術に該当するかを検討する。
前記ア認定のとおり,本件原告滑り台は,遊具としての実用に供されることを目的として製作されたことが認められる。ところで,著作権法2条1項1号は,「著作物」とは,「思想又は感情を創作的に表現したものであつて,文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」をいうと規定し,同法10条1項4号は,同法にいう著作物の例示として,「絵画,版画,彫刻その他の美術の著作物」を規定しているところ,同法2条1項1号の「美術」の「範囲に属するもの」とは,美的鑑賞の対象となり得るものをいうと解される。そして,実用に供されることを目的とした作品であって,専ら美的鑑賞を目的とする純粋美術とはいえないものであっても,美的鑑賞の対象となり得るものは,応用美術として,「美術」の「範囲に属するもの」と解される。
次に,応用美術には,一品製作の美術工芸品と量産される量産品が含まれるところ,著作権法は,同法にいう「美術の著作物」には,美術工芸品を含むものとする(同法2条2項)と定めているが,美術工芸品以外の応用美術については特段の規定は存在しない。
上記同条1項1号の著作物の定義規定に鑑みれば,美的鑑賞の対象となり得るものであって,思想又は感情を創作的に表現したものであれば,美術の著作物に含まれると解するのが自然であるから,同条2項は,美術工芸品が美術の著作物として保護されることを例示した規定であると解される。他方で,応用美術のうち,美術工芸品以外の量産品について,美的鑑賞の対象となり得るというだけで一律に美術の著作物として保護されることになると,実用的な物品の機能を実現するために必要な形状等の構成についても著作権で保護されることになり,当該物品の形状等の利用を過度に制約し,将来の創作活動を阻害することになって,妥当でない。もっとも,このような物品の形状等であっても,視覚を通じて美感を起こさせるものについては,意匠として意匠法によって保護されることが否定されるものではない。
これらを踏まえると,応用美術のうち,美術工芸品以外のものであっても,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握できるものについては,当該部分を含む作品全体が美術の著作物として,保護され得ると解するのが相当である。
以上を前提に,本件原告滑り台が美術の著作物に該当するかどうかについて判断する。
原告は,本件原告滑り台が,一品製作品というべきものであり,「美術工芸品」(著作権法2条2項)に当たるから,「美術の著作物」(同法10条1項4号)に含まれる旨主張する。
そこで検討するに,著作権法10条1項4号が「美術の著作物」の典型例として「絵画,版画,彫刻」を掲げていることに照らすと,同法2条2項の「美術工芸品」とは,同法10条1項4号所定の「絵画,版画,彫刻」と同様に,主として鑑賞を目的とする工芸品を指すものと解すべきであり,仮に一品製作的な物であったとしても,そのことをもって直ちに「美術工芸品」に該当するものではないというべきである。
本件においてこれをみると,前記アのとおり,本件原告滑り台は,自治体の発注に基づき,遊具として製作されたものであり,主として,遊具として利用者である子どもたちに遊びの場を提供するという目的を有する物品であって,「絵画,版画,彫刻」のように主として鑑賞を目的とするものであるとまでは認められない。
したがって,本件原告滑り台が「美術工芸品」に該当すると認めることはできず,原告の上記主張は採用することができない。
控訴人は,本件原告滑り台は,一品製作品というべきものであり,「美術工芸品」(著作権法2条2項)に当たり,創作性を有するから,美術の著作物に該当する旨主張する。
そこで検討するに,①「タコの滑り台,北欧に」との見出しの平成23年7月7日の朝日新聞の記事(甲4)には,控訴人のB会長の発言として「タコの滑り台は一つ一つデザインが違い,その都度設計する。」,②「タコの滑り台の話」と題するC作成の令和2年7月11日の毎日新聞の記事(甲25)には,タコの滑り台について「一つ一つが手作りで,全く同形の作品はないという。」,③株式会社パークフル作成のウェブサイトに掲載された「日本縦断!タコすべり台がある公園特集」と題する2018年(平成30年)1月3日付けの記事(乙24)には,タコの滑り台について「どのタコも手作りで作られていて,二つとして同じ形のタコはいないんだそう!」との記載がある。
しかしながら,上記各証拠の記載は,いずれも,B会長の発言又は伝聞を掲載したものであって,客観的な裏付けに欠けるものである。他方で,前記前提事実⑵及び⑶のとおり,前田商事が全国各地から発注を受けて製作したタコの滑り台は260基以上にわたること,前田商事が製作したタコの滑り台は,基本的な構造が定まっており,大きさや構造等から複数の種類に分類され,本件原告滑り台は,その一種である「ミニタコ」に属するものであったことからすれば,本件原告滑り台と同様の「ミニタコ」の形状を有する滑り台が他にも製作されていたことがうかがわれる。そうすると,上記各証拠から直ちに本件原告滑り台が一品製作品であったものと認めることはできない。他にこれを認めるに足りる証拠はない。
よって,本件原告滑り台は,「美術工芸品」に該当するものと認められないから,控訴人の上記主張は,その前提を欠くものであって,理由がない。
原告は,本件原告滑り台が「美術工芸品」に当たらないとしても「美術の著作物」として保護される応用美術であると主張する。そこで,本件原告滑り台が,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものであるか否かについて,以下検討する。 控訴人は,本件原告滑り台が「美術工芸品」に当たらないとしても,美術の著作物として保護される応用美術である旨主張する。
そこで,まず,本件原告滑り台において,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握できるかどうかを検討し,その上で,全体として美術の著作物に該当するかどうかについて判断する。
このように,タコの頭部を模した部分は,本件原告滑り台の中でも最も高い箇所に設置されているのであるから,同部分に設置された上記各開口部は,滑り降りるためのスライダー等を同部分に接続するために不可欠な構造であって,滑り台としての実用目的に必要な構成そのものであるといえる。また,上記空洞は,同部分に上った利用者が,上記各開口部及びスライダーに移動するために不可欠な構造である上,開口部を除く周囲が囲まれた構造であることによって,最も高い箇所にある踊り場様の床から利用者が落下することを防止する機能を有するといえるし,それのみならず,周囲が囲まれているという構造を利用して,隠れん坊の要領で遊ぶことなどを可能にしているとも考えられる。
そうすると,本件原告滑り台のうち,タコの頭部を模した部分は,総じて,滑り台の遊具としての利用と強く結びついているものというべきであるから,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美的鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められない。
このように,タコの頭部を模した部分は,本件原告滑り台の中でも最も高い箇所に設置されており,同部分に設置された上記各開口部は,滑り降りるためのスライダー等を同部分に接続するために不可欠な構造であって,滑り台としての実用目的を達成するために必要な構成であるといえる。また,上記空洞は,同部分に上った利用者が,上記各開口部及びスライダーに移動するために必要な構造である上,開口部を除く周囲が囲まれた構造であることによって,高い箇所にある踊り場様の床から利用者が落下することを防止する機能を有するといえる。他方で,上記空洞のうち,スライダーが接続された開口部の上部に,これを覆うように配置された略半球状の天蓋部分については,利用者の落下を防止するなどの滑り台としての実用目的を達成するために必要な構成とまではいえない。
そうすると,本件原告滑り台のタコの頭部を模した部分のうち,上記天蓋部分については,滑り台としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して把握できるものであるといえる。
しかるところ,上記天蓋部分の形状は,別紙1のとおり,頭頂部から後部に向かってやや傾いた略半球状であり,タコの頭部をも連想させるものではあるが,その形状自体は単純なものであり,タコの頭部の形状としても,ありふれたものである。
したがって,上記天蓋部分は,美的特性である創作的表現を備えているものとは認められない。
そして,本件原告滑り台のタコの頭部を模した部分のうち,上記天蓋部分を除いた部分については,上記のとおり,滑り台としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成であるといえるから,これを分離して美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えているものと把握することはできないというべきである。
以上によれば,本件原告滑り台のうち,タコの頭部を模した部分は,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握できるものとは認められない
そうすると,本件原告滑り台のうち,タコの足を模した部分は,遊具としての利用のために必要不可欠な構成であるというべきであるから,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められない。 そうすると,本件原告滑り台のうち,タコの足を模した部分は,座って滑走する遊具としての利用のために必要な構成であるといえるから,同部分は,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握できるものとは認められない。
美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分 美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分
別紙1原告滑り台目録記載1(2)の各写真によれば,本件原告滑り台は,頭部(前記(ア)),足(前記(イ))及び空洞(前記(ウ))等によって形成されており,その全体を見ると,本件原告滑り台は,見る者をしてタコの体を模しているとの印象を与えるものであると認められる。また,とりわけ本件原告滑り台の正面からその全体を見ると,空洞のある頭部を頂点に,左右へ広がる緩やかな2本の足によって均整の取れた三角形を見て取ることができ,見栄えのよい外観を有するものということができる。
この点,本件原告滑り台のようにタコを模した外観を有することは,滑り台として不可欠の要素であるとまでは認められないが,そのような外観は,子どもたちなどの本件原告滑り台の利用者に興味や関心を与えたり,親しみやすさを感じさせたりして,遊びたいという気持ちを生じさせ得る,遊具のデザインとしての性質を有することは否定できず,遊具としての利用と関連性があるといえる。また,本件原告滑り台の正面が均整の取れた外観を有するとしても,そうした外観は,前記(ア)及び(イ)でみたとおり,滑り台の遊具としての利用と必要不可欠ないし強く結びついた頭部及び足の組み合わせにより形成されているものであるから,遊具である滑り台としての機能と分離して把握することはできず,遊具のデザインとしての性質の域を出るものではないというべきである。
そうすると,本件原告滑り台の外観は,遊具のデザインとしての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められない。
(オ) 以上のとおり,本件原告滑り台は,その構成部分についてみても,全体の形状からみても,実用目的を達するために必要な機能に係る構成と分離して,美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるものとは認められないから,「美術の著作物」として保護される応用美術とは認められない。
別紙1原告滑り台目録記載1(2)の各写真によれば,前記(ア)ないし(ウ)のとおり,本件原告滑り台を構成する各部分において,実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握することはできない。
そして,上記各部分の組合せからなる本件原告滑り台の全体の形状についても,美的鑑賞の対象となり得るものと認めることはできないし,また,美的特性である創作的表現を備えるものと認めることもできない。
したがって,本件原告滑り台が美術の著作物に該当するとの控訴人の主張は,採用することができない
また,控訴人は,応用美術であっても「実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるもの」については「美術の著作物」として保護され得るという判断基準によるとしても,「実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して」とは,その構成部分を物理的に取り除くというのではなく,実用品として必要な機能を果たす構成を観念的に捨象して,創作物をみることを意味すると解すべきであり,本件原告滑り台を滑り台としての機能を取り去ってみたとき,その形状は,Aが彫刻家としての思想又は感情を創作的に表現したものであり,抽象芸術として十分に鑑賞の対象になり得るものであるから,美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えているとして,美術の著作物に該当する旨主張する。
しかしながら,本件原告滑り台は,遊具としての実用に供されることを目的として製作された作品である以上,これが美術の著作物に該当するか否かを判断するに当たっては,実用品である滑り台としての機能を果たす構成を観念的に捨象して検討することはできないから,控訴人の上記主張は,採用することができない
そして,著作権法においては,著作物の例示として「建築の著作物」(著作権法10条1項5号)が掲げられているものの,「建築」についての定義は置かれていない。そのため,「建築の著作物」の意義を考えるに当たっては ところで,著作権法10条1項5号は,同法にいう著作物の例示として,「建築の著作物」を規定しているところ,ここに「建築の著作物」とは,建築物の外観に表れた美的形象をいうものと解される。また,「建築の著作物」にいう「建築」の意義については
前記(1)で説示したとおり,本件原告滑り台の形状は,頭部,足部,空洞部などの各構成部分についてみても,全体についてみても,遊具として利用される建築物の機能と密接に結びついたものである。また,本件原告滑り台は,別紙1原告滑り台目録記載のとおり,上記各構成部分を組み合わせることで,全体として赤く塗色されていることも相まって,見る者をしてタコを連想させる外観を有するものであるが,こうした外観もまた,子どもたちなどの利用者に興味・関心や親しみやすさを与えるという遊具としての建築物の機能と結びついたものといえ,建築物である遊具のデザインとしての域を出るものではないというべきである。
したがって,本件原告滑り台について,建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美術鑑賞の対象となり得る美的特性を備えている部分を把握できるとは認められない。
前記(1)で説示したとおり,本件原告滑り台の形状は,頭部,足部,空洞部などの各構成部分についてみても,全体についてみても,遊具として利用される建築物の機能と密接に結びついたものである。
そうすると,本件原告滑り台について,建築物としての実用目的を達成するために必要な機能に係る構成と分離して,美的鑑賞の対象となり得る美的特性である創作的表現を備えている部分を把握できるとは認められない。
そして,本件原告滑り台の外観全体についても,美的鑑賞の対象となり得るものと認めることはできないし,また,美的特性である創作的表現を備えるものと認めることもできない。
したがって,本件原告滑り台が建築の著作物に該当するとの控訴人の主張は,採用することができない。
原告は,本件原告滑り台が,滑り台の機能とは独立した形態的特徴を有しており,通常滑り台に施される美的創作性と比べてはるかに美的創作性の程度が高いことなどから,「建築の著作物」としての著作物性を有すると主張する。
しかしながら,前記アのとおり,建築の著作物については,応用美術と同様に,著作物性が認められるための要件として,著作権法2条1項1号における「文芸,学術,美術又は音楽の範囲に属するもの」であるか否かが判断されるべきところ,前記イのとおり,それが認められない以上,高度な美的創作性を有するという理由によって,著作物性を肯定することはできないというべきである。
したがって,原告の上記主張は失当であって採用することができない。
控訴人は,本件原告滑り台が,滑り台の機能とは独立した形態的特徴を有しており,通常滑り台に施される美的創作性と比べてはるかに美的創作性の程度が高いことなどから,「建築の著作物」としての著作物性を有すると主張する。
しかしながら,前記ア及びイで説示したところに照らし,控訴人の上記主張は採用することができない。
前記1のとおり,本件原告滑り台には著作物性が認められず,その結果,原告がその著作権を保有しているとも認められないから,被告が本件各被告滑り台を製作するなどしたことについて,原告に受注額に相当する額の損失が発生したとも,被告が利得を受けたことにつき法律上の原因がないとも認められない。 前記1のとおり,本件原告滑り台には著作物性が認められず,その結果,控訴人がその著作権を保有しているとも認められないから,被告が本件各被告滑り台を製作するなどしたことについて,控訴人主張の受注額に相当する額の損失と被控訴人が受けた利益との間に相当因果関係があるものと認めることはできない。

 

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