AI自律生成コンテンツの僭称問題

はじめに

以下は、2021年2月に行った講演『AI時代の著作権法』の一部である。

いわゆる僭称問題(AIが自律的に生成し、本来著作物と認められないたコンテンツについて、人間が創作したと僭称する問題)について、著作権法の観点からの検討を行った部分を抜粋する。

なお、以下に出てくる「第2類型」および「第2類型コンテンツ」とは、AIが自律的に生成したため、現行著作権法上、著作物とは認められないコンテンツを指す。

 

第2類型コンテンツと僭称問題

ここまでが一般的な理解で,これでいいのではないかという議論もあるのですが,私が少し心配しているのは,僣称問題です。

僭称問題とは何かというと,人間が作ったか人工知能が作ったか,見た目で区別がつかない場合,人工知能が作ったと正直に言ってしまうと著作物性を認められず,著作権を与えられないわけですから,誰が正直に言うのだろうと思うのです。ずるい人は,人間が作りましたと言うのではないか,そうすれば,著作物性が認められて著作権がフルに与えられるわけですから,そうする人が出てくるのではないだろうか。今は物珍しいので人工知能が作りましたと言うほうが人目を引くでしょうが,もうちょっと進んで,人工知能が小説などを作るのが当たり前になれば,誰もそんなことを正直に告白する必要はなくなってしまうのではないか,僭称が横行するのではないかと思っています。そうなると,著作権法の大前提が崩れてしまうのではないかという心配をしております。

ただ,これに対しては御批判もありまして,そもそも著作物性というのは原告,つまり著作権を行使する側が証明しないといけないので,僣称者が著作権を行使しようと思えば,自分でそれが著作物だと証明しないといけないということになります。著作物だと証明するには,人間が作ったということを証明しないといけない。人工知能が作ったわけではなく,人間が作ったのだということを証明しないといけない。

そうすると,僣称問題は理論的にあっても,実際は,人間が作ったのだと証明しなければならい以上,化けの皮はすぐ剥がれるのではないか,よって僭称は実際にはあまり問題にはならないのではないかという議論があります。

確かに一理あるのですが,それをかなりギチギチやると,特にこれからAI生成物が一般化した場合は,僣称者が不利になるだけではなくて,普通に,純粋に人間が作っているものについても同じようなことになるのではないか。人工知能を使って作品を作った人も,使わずに作った人も,出来上がった作品は,人間が作ったという証明を一々,入口の段階で訴訟の大前提としてしなければいけなくなるわけです。

そこの点,発明なんかは,発明ノートを作っておく,ラボノートを作っておくということが結構一般的ですので,自分が発明したという証明の材料が色々とあるわけですが,著作物の場合も,創作ノートみたいなものを作る必要がでてくるのでしょうか? でも,例えば作曲家が名曲を作曲するとき,フッと曲が頭に浮かんだなんて話しを聞いたことがあると思うのですが,そういう場合どうするのでしょうか? 創作ノートに「突然曲が頭に浮かんだ」などと書き留めるのでしょうか? 仮に書き留めたとして,果たしてそれが,人間が創作したことの立証にどの程度役立つのでしょうか?

僣称問題を生じさせないように,人間が作ったということを原告である著作権者が入り口で証明しなさいと厳しく言い始めると,僣称者に不利になるだけでなくて,一般の著作者,本当の純粋な人間の著作者も全員その義務を課せられて迷惑を被るわけです。

もちろん今も,理屈の上ではそういう義務を負っているのです。ただ,人間が創作するのは当然なので,そこは議論しないで,原告である自分が創作したと言うことの議論になっているわけです。

ただ,これ自体が難しくて,そのため著作権法14条という推定規定があって,著作物に自分の名前を表示していたら,その人を著作者として推定するという規定があるわけですね。これは自分が作ったという証明は難しいから,とりあえず名前を書いておけば,その人が著作者として推定される,その後は,推定を覆すのは,被告側の責任になっているわけです。

自分が作ったという証明が難しいのと同様に,今後AIによる創作が当たり前になると,人間が作ったという創作も難しくなると思うのです。なので,私は,AI創作が疑われる事案の場合も,原告が作品に自身の名前を著作者名として表示していれば,原告の創作が推定される,それは当然「人間である」原告が創作したことが推定される,と解すべきではないかと思っています。

ただ,これに対しても,谷川先生(関西学院大学)から指摘されたのですけども,14条はよく見ると「著作物の原作品に,又は著作物の公衆への提供若しくは提示の際に,その氏名若しくは名称・・・が著作者名として通常の方法により表示されている者は,その著作物の著作者と推定する」と規定しているのですね。そうすると,表示対象物が,著作物であることが前提になっていわけで,著作物でないものに氏名が表示してあっても推定されないのではないかという指摘がありました。

確かにそうなのですが,それを言い始めると,14条の適用の前提として,著作物であること,つまり人間による創作であることを,原告が立証する必要あることになるわけですが,特定人による創作であることを示さずに,人間による創作であることを示すというのは無理なのではないかと思うのです。結局,原告は自分が創作したと証明せざるを得ない,そうだとすると,14条は無意味化するわけです。ですから,私は,やはり名前が表示されていたら,一応,人間であるその氏名の者が作ったものである,その点では著作物性も推定されるとした上で,人間が作っていないことは被告側で立証するというようなことをしていかないといけないのではないかと思います。

僣称者だけ考えると,きっちり証明させるべきという議論になりがちなのですが,そうなると,今後AIによる創作が一般化すると,全ての事件で,被告側は僭称だとまず主張するようになるはずで,真実の僭称者にとってはそれで良いかもしれませんが,そうでない純粋に人間の創作者が巻き込まれるということを考えると,全体のバランスとしてそれでいいのかという気がしております。この辺も,まだ事件もありませんし,これからの議論の部分です。

ところで,僣称を禁止するには,やはり刑事罰を科すというのが一つの方法だと思います。現在も,いわゆるゴーストライターを禁止する規定として,121条が一応あるのですが,この規定も「著作者でない者の実名を著作物」にあるので,著作物でないものの場合,対象外になります。また,規制対象は「頒布」ですので,インターネットで送信することも対象になりません。しかも,刑事罰規定ですから,緩やかに解釈というのは期待しづらいところです。そういう意味で,狭過ぎますので,今後,人工知能が作った作品について,自分が著作者だと僣称する人が増えてくれば,この規定を改正する必要があると思っています。

僭称問題,立法論としては、私は最終的には,第2類型のAI生成物を著作物として保護してしまっていいのではないかと思っています。そのためには,思想感情要件,それから創作性要件を改正する必要があるでしょう。実は今,世界でイギリスだけが,コンピューターが作ったものを著作物として認める規定を,既に20年ぐらい前から持っています。ほとんど使われていないみたいですが,規定はあります。ですから,できないことではないんですね。

では,その場合,誰に著作権が与えられるかですが,イギリスでは創作に必要な手筈を整えた者とされています。私は,人工知能を使った人,もっと言うと映画の製作者に類する感じで,第2類型のAI生成物に発意と責任を有する者でいいのかなと考えています。

ただ,その場合も,著作者人格権を付与する必要はないと思っているのです。もっと言うと,著作者はいないということを考えています。イギリスも著作者人格権を与えていませんが,私の場合は,第2類型のAI作成物については,AI生成物に発意と責任を有するAI使用者に原始的に著作権を与えて著作権者とする一方,著作者は存在しないこととして,著作者人格権はそもそも発生しないという,法改正をしてはどうかと考えております

以上のような私の立法論については御批判も強くて,著作権は人間の創作を奨励するための法律であることを考えれば,人間でないものによる作品の生成を奨励する必要はないのではないか,そもそも,AIは,そういう奨励を与えなくても勝手に生成するのだから,敢えて保護する必要はないのではないかという議論です。現状,むしろ,こちらの主張の方が主流です。

ただあと10年先を考えて欲しいのですが,例えば私たちがふだん耳にするJ-POPはほとんど人工知能が自律的に作ったもの,みたいな世の中になる可能性は高いと思うのですね。そうなったときにも,第2類型AI生成物について著作物と認めないというのを貫徹すると,世の中としては,著作権法というのは,今となっては非常に貴重な,人間が作った作品,文化財とでも言うべきものを保護する,一種の文化財保護法みたいになるのではないかと思うのです。

文化財保護も,文化庁が担当しているので,それでもいいのかも,というのは冗談ですが,本当にそれで良いのだろうかと。もちろん,そういう政策決定も,それとしてあり得るのですが,私としては,著作権法というのは,今や,コンテンツの流通やコンテンツに関するビジネスの基盤法になっているということを考えれば,第2類型を著作権法の枠外に位置づけるのではなくて,取り込んだ上で,バランスのある法制度を構築するべきではないかと私は思っています。

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