研究ノート:営業秘密の3要件の関係について・・・

はじめに

以下は、裏法務系 Advent Calendar 2021用の記事です。Kosuke Sakata 坂田晃祐さんから頂いたバトンを山辺 哲識さんに引き継ぎます。

実務的な内容でなくて恐縮なのですが、営業秘密の3要件について普段モヤモヤと考えていることを、研究ノートという形で整理してみました。

なお、拙稿「人工知能に特有の知的成果物の営業秘密・限定提供データ該当性」法律時報91巻8号(2019)24頁以降における整理とも重なりますが、同論文では限定提供データとの区別を説明することを主眼として整理していたところ、この記事では、営業秘密自体の問題として整理し、日本法の条文との関係にも触れています。今後さらに考察を進めたいと思っています。

 

研究ノート:営業秘密の3要件について・・・

(1)

不正競争防止法2条6項(以下、不競法)によれば、営業秘密とは「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」を指すので、営業秘密に該当するためには、技術上または営業上の情報が、①秘密として管理されていること(以下、秘密管理性)、②生産方法、販売方法その他の事業活動に有用なものであること(以下、有用性)、および③公然と知られていないこと(以下、非公知性)、の3つの要件を全て満足しなければならない。

一般に、ある情報が営業秘密に該当するかどうかを検討する場合、秘密管理性から順に検討されることが多い。この点、条文の並びに素直であることは否めないし、訴訟経済の点からも、要件の充足性が問題となりがちなのが秘密管理性要件であることに照らせば理に適ったことのようにも思われる。ただ、しばしば指摘される、同要件が厳しすぎるという問題の一因は、秘密管理性から検討することにもあるのではないだろうか。

すなわち、検討対象である情報の性質、秘密性の程度、価値、通常の利用態様などを踏まえて、当該情報を如何に管理するべきかが決まるはずであるのに、その前に秘密管理性を検討すると、良く言って汎用的な、悪く言えば絶対的な秘密管理性の議論に陥る危険性があり、かつ、それは往々にして厳しいものとなりがちなように思われる。

秘密の中には、いわゆる「墓場まで持っていく」タイプの秘密、すなわち秘密状態であることが重要で、それを利活用することなど考えがたい秘密もあるが、営業秘密はそのようなタイプの秘密ではなく、事業活動において利活用されることに意味がある秘密である。前者のような秘密は、保有者のみが知るべきものであるから、その管理とは、保有者以外が知り得ない状態を作ることに他ならない。一方、後者のような秘密は、保有者以外の者にも知らせることは前提となっているから、保有者の支配が及ばないところに情報が拡散することのないようにすることが管理のポイントとなる。そして、誰にどのように情報を知らせるかは、当該情報の性質や事業活動の在り方などによっても変わるから、それらに応じて、適切な管理の態様も変わってくる。それ故、秘密自体について問う前に、秘密管理性を検討すると、対象の秘密とは次元の異なる秘密を念頭にその管理が議論される心配がある。

(2)

まず、そもそもの問題として、営業秘密保護法制の究極の目的は、その名の通り、営業「秘密」を保護することにある。とすれば、本来最初に問われなければならないのは、検討対象となる情報が秘密かどうか、すなわち非公知かどうかであり、管理の態様が問題となるのは、その後であろう。関連して言えば、秘密管理性については、これまで、管理の態様のみが問題とされてきたが、「秘密」管理性であるのだから、本来、管理の対象が秘密かどうかも問題とされるべきであろう。

このように考えると、どれだけ厳重な管理をしていたとしても、管理対象が秘密でない場合は、秘密管理ではなく、敢えて言えば秘密管理レベルの管理に過ぎないことになり、秘密管理性は満足されないことになる。例えば、公知の情報をそれと知らずに、従業員には守秘などを徹底した上で、当該情報の記録媒体の保管場所を施錠するなどして厳重に管理していたような場合を考えて欲しい。この情報は、当然営業秘密には該当しないが、それは、秘密管理性は満足されるが非公知性が満足されないからではなくて、秘密管理性も非公知性も満足されないからと理解すべきであろう。

次に、なぜ、秘密を保護するのか。情報は、本来的に、拡散し共有されてしまう性質を持つ。情報には2種類あって、拡散し共有されることで価値が増すものと、拡散・共有されるたびに価値を失うものである。秘密を保護することは、すなわち、後者の種類の情報の価値を保護することを意味する。

最後に、営業秘密保護法制は、後者のような情報の価値を保護すべく秘密状態を維持する努力をしている者に、秘密を破り、もって当該情報の持つ価値を毀損する行為への法的な対抗手段を付与することを通じて、秘密の保護を実現しているわけである。

以上を踏まえると、営業秘密とは、非公知(=秘密)でそれ故に有用であり、その秘密性維持のための努力が行われている情報、ということになるから、3要件は、非公知性、有用性、秘密管理性の順に位置づけ、かつ、相互に関連性のあるものとして理解すべきということになる(下記図参照)。

(3)

実は、上記のような考え方は、我が国が営業秘密保護法制を導入する一つのきっかけともなったTRIPS協定のトレードシークレットの定義に見られるものである。

なお、TRIPS協定交渉中に、営業秘密に関する不競法の改正がなされているため、時間的には不競法の定義規定が、TRIPS協定のそれの前となる。

TRIPS協定39条

(2) 自然人又は法人は,合法的に自己の管理する情報が次の(a)から(c)までの規定に該当する場合には,公正な商慣習に反する方法により自己の承諾を得ないで他の者が当該情報を開示し,取得し又は使用することを防止することができるものとする。

  1. 当該情報が一体として又はその構成要素の正確な配列及び組立てとして,当該情報に類する情報を通常扱う集団に属する者に一般的に知られておらず又は容易に知ることができないという意味において秘密であること
  2. 秘密であることにより商業的価値があること
  3. 当該情報を合法的に管理する者により,当該情報を秘密として保持するための,状況に応じた合理的な措置がとられていること

 

また、同協定以前から営業秘密の保護を行ってきた米国の統一トレードシークレット法も、その1条4項で以下のように規定している。

「トレードシークレット」とは、化学式、模型、編集物、プログラム、装置、手法、技術またはプロセスを含む以下のすべてを満たす情報を意味する。

  1. その使用や開示から経済的な価値を得る他者に、一般に知られていないことまたはそのような者が適法な手段によっては容易にアクセス出来ないことから、実際的または潜在的な、独立の経済的価値を生む情報
  2. その秘密性を維持するために、状況に照らして合理的な措置が行われている情報
筆者訳

 

さらに最近の例としては、EUのトレードシークレット保護指令2条1項は、ほぼTRIPS協定と同様の規定ぶりで次のように定めている。

「トレードシークレット」とは、以下のすべての要件を満たす情報を言う。

  1. 情報全体としてまたはその要素の構成および組み合わせにおいて、問題となっている類いの情報を通常扱う範囲内の者の間で一般に知られていないまたは容易にアクセス出来ないという意味において秘密であること
  2. 秘密である故に商業的価値を有すること
  3. 当該情報を適法に管理している者によって、その秘密性を維持するために、状況に照らして適切な措置が講じられていること

 

筆者訳
(4)

ただし、我が国の営業秘密に関する定義の規定ぶり(「秘密として管理されている生産方法、販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」)からは、3要件が独立して読めるのは事実であり、上記のように3要件を関連性のあるものと位置づけるのは難しいようにも思われる。

しかしながら、少なくとも秘密管理性については、秘密レベルの管理ではなくて秘密としての管理を問ういている以上、管理対象が秘密であるかどうかがまず問われるべきであるから、文言上も、秘密管理性の検討に先立って非公知性が検討されるべきとする余地はあるように思われる。

もっとも、実際問題としては、非公知性を判断する上では秘密管理性もある程度考慮せざるを得ない。というのも、非公知性とは、情報がその「保有者の管理下以外では一般的に入手できない状態」にあることを意味する。

通商産業省知的財産政策室監修『営業秘密逐条解説改正不正競争防止法』(有斐閣、1990年) 60頁〔中村稔〕および経済産業
省知的財産政策室編『逐条解説不正競争防止法平成30年11月29日施行版』46頁。

しかしながら、公知性に比べて、非公知性を直接示すのは難しい。

前掲通商産業省 61頁〔中村稔〕は、非公知性の厳格な証明を原告に求めるのは、不可能を強いることに等しいので、「原告としては、当該情報が一般的に入手できないことを合理的な範囲で立証すれば、事実上『公然知ラレザル』状態であることが推定され、逆に、被告において、当該情報が『公然知られうる』ものであることを積極的に反証することになると解される」とする。山本庸幸『要説不正競争防止法〔第4版〕』(発明協会、2006年) 145-146頁も同旨。

そのため、実際には、保有者が情報を保有した経緯(情報の生成経緯を含む)に照らして、当該情報は保有者の管理下以外では入手できないと考えられること(例:化学物質の新規な合成法であり、当該情報を保有する企業が長年にわたって独自に開発を続けてきた成果であること)、そして前記を補強するために、当該情報の管理態様に照らしても、保有者の管理下以外で入手できないと考えられること(例:前記合成法に関する情報を保有する企業は、それに接する従業員に守秘を命じ、当該情報を記した書類は施錠した金庫に保管し、かつ、社外への提供行為を禁止する、管理体制を有していること)を示すほかないことが往々にして生じるからである(この場合、秘密管理性の検討に際しては、前記管理態様が実効的なものかどうかが具体的に問われることになろう)。

条文構造上、非公知性と有用性を結びつけることは、非公知性と秘密管理性を結びつけるよりも難しい。敢えて言えば、「秘密として管理されている・・・有用な・・・情報」という部分を、「秘密として管理されている」から「有用な・・・情報」と読むのが一案ではあるが、牽強付会な感も否めず、今後さらに検討を続けたい。

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